【実体験】国際恋愛→結婚|大きな壁な「親の同意」、攻略の鍵。

国際恋愛・国際結婚 親の同意INTERNATIONAL LOVE
PEXELS
はりねずみ
はりねずみ

国際恋愛を経て結婚を考えている人がいます。親に紹介しようと思うんだけど、経験談ってありますか?何に気を付けるべき?


日本で、親に付き合っている相手を紹介という瞬間は、少なからず緊張するものですよね。


こんにちは、れとです。

米国、ヨーロッパなどを転々とする駐在生活を10年以上送ってきました。引越しだらけの生活で、恋愛は、「付き合う→遠距離→別れる」の繰り返し。恋愛歴は20年以上、うち国際恋愛歴約15年、本格的な婚活が7年です。挫折、別れ、試行錯誤の末、アラフォーでコスタリカ人の世界一素敵な方と結婚しました。今は一緒にアメリカに住んでいます。



私も、親に彼を紹介する機会は、毎回緊張したものです。しかし、私の場合、付き合いだしてすぐに親に合わせる傾向にありまして…。なので、うちの親は、私の元彼に軽く5人は会っています。うち、90%が外国人です。そんな私の親も、最初の頃は「相手が外国人」という事実にはあまり良い顔をしていませんでした。



私は、最終的にコスタリカ出身の方と結婚しました。しかし、婚姻届を出す1日前に親に結婚を認めてもらえない事態になり、私にとっては大事件でした。これは、相手が外国人だったからというよりも、日本文化的に状況を受け入れるのが困難だったためです。この事件については、おまけで実体験小説として最後のまとめに記載します。



私たちは、最終的には私の両親に祝福されて婚姻に至りました。しかし、親の同意が得られなければ、あの時婚姻に至ることはできなかったと思います。



結婚で、親を味方にすることは大切な手続きです。国際結婚に至る際に、親という最愛の仲間を自分の味方にするために何ができるかまとめます。



この記事を読めば、国際結婚で親に味方になってもらうための方法がわかります。

【実例】国際恋愛→結婚|大きな壁な親の同意、取り付けの鍵。

Image by 🎄Merry Christmas 🎄 from Pixabay

最初、私が親に東欧人の彼を会わせたのはまだ20代はじめのアメリカ留学中のことでした。その時父に言われたのは、「もっと堅実な選択をしないと。」という言葉。「堅実」な選択とは何かというのは、その時深く聞いてはいません。外国人で芸術家だった彼は、私の父親にとっては「堅実」な相手では無かったようです。



その彼とは、その後遠距離恋愛を2年続けるも、相手の方向性と自分の方向性が合致せず、同じ国に生きるのは困難なことが次第にあきらかになったため、将来の展望が描けずに別れました。

しかし、その時思ったのが、「恋愛・結婚相手について、親を説得するのは面倒だ」、ということ。


この時は、まだ親を説得する必要はありませんでした。しかし、この時に思ったのが、親から自立し、自分の選択への責任能力を示せるようになろう、ということでした。



当時私は留学のために親に借金をしていて、親への依存が少なからず発生していました。この状態をすべて解消し、自分で自分の責任を証明する必要があると感じました。

国際恋愛から結婚になる際に理解を得るには

結論から言うと、理解を得るには、具体的に以下のようなことが効果があります。

  • 親に何も言われないレベルに自立する
  • 国際恋愛を何度もし、相手を毎回紹介する
  • 年齢を重ねる


詳しくみていきます。

親に何も言われないレベルに自立する

「自分の選択の責任は、すべて自分でとる」という姿勢を親に示すことができれば、親は子どもの選択に対し干渉することができなくなっていきます。住居、金銭、保険、すべて親に頼ることの無い状態を確立します。

住居を自分で確保し、借金を完済し、親から離れた場所で仕事をすれば、だんだんと親の子供への干渉は減っていきます。

国際恋愛で相手を紹介する機会を増やす

長期戦です。1人ないしは複数の人と国際恋愛をして、外国の人に多く会い続けると親も慣れてきます。相手の選択肢は世界中にあると考えるのが当たり前の状態という考えを親に定着していきます。

年齢を重ねる

35歳を超えると、交際相手に対してとやかく言わなくなります。この年齢になると、結婚対象相手が現れても余程の理由が無い限り、親から反対を受けにくくなります。(私のまとめ記載の体験談は35歳を超えていましたが、発生しました…。)

国際恋愛/結婚の場合は、早めに親に情報共有を

Image by athree23 from Pixabay

親は、自分を生み、育ててくれた大事な存在です。世界一のあなたの味方です。結婚してもそれは変わりません。



親には、情報共有はなるべく早めに行うことをおすすめします。私の親は、私が外国人と結婚するのが決まってから真剣に英語を勉強しだしてくれ、会った時のために準備をしてくれました。

国際恋愛/結婚で親に紹介するときに準備しておくこと

Photo by Pranav Jain from Pexels

以下はきちんと準備することをおすすめします。

  • はじめて両親と相手が会うのに相応しい場所
  • 食べられないものを共有しておく
  • 彼/彼女に言いたい事を日本語で用意しておいてもらう


ひとつずつ見ていきます。

はじめて会うのに相応しい場所

お店選びは、きちんと予約をとっておくことを心からおすすめします。

私は東京だからどこかいいところあるだろう、と予約せずに当日お店を決めるということをした結果、煙だらけの居酒屋になり、それが初対面の思い出になってしまいました。まぁ…ご飯はおいしかったのでよかったんですが、ちょっと後悔しています。



親と自分達の印象すら左右してしまうので、お店はきちんと選んでおきましょう。

食べられないものを共有しておく

ハラル、コーシャ、アレルギーなど、食べ物に制限がある場合は前もって伝えるのが重要です。



食卓に食べられないものが一緒に並ぶことすらアウトの国もあります。ご両親にもその点について事前に伝えることで、店や料理を選ぶ際に抑えておくべきポイントを理解できます。

彼/彼女に両親の話す言語で挨拶を覚えておいてもらう

覚えておいてもらえると会話が円滑になるのが以下のフレーズです。最低限覚えておいてもらいましょう。

  • はじめまして
  • ありがとうございます
  • どうぞ/お願いします
  • はい/いいえ
  • おいしい
  • うれしい
  • 楽しい
  • すごい

国際恋愛/結婚で相手の親に会うときは

Photo by Henry & Co. from Pexels

自分が相手の両親に会う場合は、逆に自分で準備を整えておきます。そして、外国の方が両親に会うのに日本のようにかしこまる雰囲気はありません。友達に会うような感覚で、リラックスして大丈夫です。



私の夫の場合、私の両親に会うときまったく緊張ゼロで、私の両親が緊張していました…。

相手の両親の話す言語で挨拶を覚えておく

自分が相手の親に会う場合は、相手の親が話す以下のフレーズを覚えておきましょう。

  • はじめまして
  • ありがとうございます
  • どうぞ/お願いします
  • はい/いいえ
  • おいしい
  • うれしい
  • 楽しい
  • すごい

言葉は、1単語でも多く学べば学ぶ程、心が通じやすくなります。

文化背景について学んでおく

特に大きいのが宗教的要素が強い場合です。宗教では、日本人が気づかぬタブーなどがあるため、前もってその宗教について知識を入れておきます。


自分の宗教観について聞かれることもあるので、なんとなくで良いので頭の中でまとめておきましょう。

  • Buddhist:仏教
  • Shintoist:神道
  • I do not hold to any particular religion:特に宗教はない

私の場合、”I’m half Shintoist, and half Buddist.”と答えています。神社で生誕時にお宮参りをし、寺社に墓を持つ日本の文化では、1つの宗教だけではなく、複数の宗教に寄りそって生きているのが一般的ですよね。


因みに、「無神論者(atheist)」と言うと、神の必要性について説かれることがあります。

国際恋愛で親が絡む前に語学を伸ばしておくのがおすすめ 

日常的に語学を伸ばしておけば、いざという時に役に立ちます。私は、Duolingoで夫の言語を学習しています。Duolingoは無料ですし、カジュアルに学びたい方におすすめできます。



英語であれば、本格的に学べる教材が色々あるので、挑戦してみるのをおすすめします。
有名なもので、スタディサプリENGLISH(新日常英会話コース)がおすすめです。3分程のスキマ時間にできる仕様になっていて、英語が伸びる工夫がつまったアプリで続けやすいです。無料で7日間試せるので、一度試してみてください。

>>> スタディサプリENGLISH(新日常英会話コース)


レベルが高い方には、ビジネス英会話コースもあります。

>>> スタディサプリENGLISH(ビジネス英会話)

まとめ

国際結婚に前向きでないご両親の方はまだまだ多いようです。

もう世の中はかなりグローバルで、相手が人間なら、世界中から相手が見つかっただけでも素晴らしいと思うのですが…。しかし、親にとっては子どもは宝物で、色々気にかかるのだと思います。

一方で、親御さんにも言いたいのは、

子どもが自立して生きているなら、自分の人生の選択肢を自分で選ばせ、結果について自分で責任をとらせてあげてほしい

ということです。

自立できているのにいつまでも干渉していたら、将来的に子どもが自分で必要な選択ができなくなりますし、他人の選択に依存して生きていると、人に責任を押し付けるようになりかねません。



子どもは、一生親の元にいるべきでは無いので、少しずつ自分の選択には自分で責任をとることを学ばせるべきです。

そして、まだ自立していない方は、まずは1人で生きられるレベルに自立しましょう。


自分の生活をすべて自分の責任で運営できる状態に至っていないようであれば、いまだに親の資本が入っているわけで、親に意見されてしまっても仕方がない立場です。


冒頭に書いた「婚姻1日前の親との出来事」については、下に記載します。興味のある方はどうぞ。

小説風でお届けします。長文です。


「無職はダメ、結婚は相手の職が決まってからにしなさい。」と母は言った。

Image by shell_ghostcage from Pixabay

その日は、婚姻予定日の1日前だった。


私はそわそわする気持ちを押さえきれないでいる。口元が緩んでついついにんまりしてしまう。いつもiPadの四角い画面の中だけで動いている彼と、現実世界で毎日会えるかもしれない日々が近づいているからだ。


ここまで、長かった。彼とは、ネット上で知り合ってからずっと遠距離恋愛だった。2人を繋ぐ糸は、テキスト、週末のビデオチャットと4か月に一度のデート。現実で一緒に過ごせた後は、その後空港で見送るのが本当に辛かった。遠距離恋愛は、どうしても不安定にならざるをえない。



あれは、出会ってから1年後のことだった。彼は、私の住むヨーロッパの街に2週間程滞在中で、その日は滞在最終日だった。キッチンで包丁を手に鶏肉を切る私の後ろで、彼がぼそっと呟いた。

「これ…サイズ確認してくれる?帰る前にサイズだけ確認したくて。」

後ろを振り向くと、彼がサイズの大きなピンクゴールドの指輪を持って恥ずかしそうに立っていた。



あの日から半年が経過した。


国際結婚にはさまざまな書類が必要で、お互い自分の国に住んでいないので書類を揃える作業に手間取った。作業自体は大変では無いのだけれど、時間がかかることが厄介だった。ひとつひとつの書類を入手には、数週間がかかり、しかも書類には有効期限があった。


アメリカに住む彼は、ひと月以上前にコスタリカに帰り、2週間程かけて全ての文書を入手した。ようやくすべての書類が揃い、明日東京で届けが出せるのだ。


私はヨーロッパ駐在中で、このときは日本に3週間の帰省をしていた。久しぶりに過ごす実家だった。両親には以前彼を紹介していて、明後日には実家に彼を連れて来る予定だった。


明日、彼が羽田空港に到着したら、それから2週間一緒に過ごせる。


空港で出迎えて、その足で区役所で婚姻手続きを開始する予定だった。日本と彼の国であるコスタリカへの両方の婚姻手続きは東京で可能で、合計で計2週間以上を要する。私達が日本に滞在中手続きを全部終わられられるかどうかはぎりぎりだったけれど、どうにかすべての手続きを終わらせる算段でいた。


そのあと、お互いばらばらな国に帰った後も、手続きは続く。どちらのいる場所に一緒に住むのにも入国前の査証申請作業が待っている。査証申請にも数か月を見込んでいた。一緒に住めるのは、早くてもまだ半年以上かかる見込みだった。


書類を整理していると、突然携帯電話が鳴った。もうすぐアメリカを出発する予定の彼からの連絡だった。


電話に出ると、彼は突然言った。

「今から出発するんだけど…。あのさ、ごめん、来月、職を失う可能性が高くなった。たぶん辞める。上司と今日話したけど、問題が解決しなくて。」

実は、この「問題」の話は以前から出ていて、彼が職を失う可能性についても話されたことがあった。その時は、「そうなったら私が仕事のある日本に住めばいいね。」と言っていたので、私は今回も動揺せずに「そっか、大変だね。」とだけ返答した。誰でも転職は1度や2度はするものだし、一時的に無職になることなど、大きな問題では無いと感じていた。

しかし、彼は、

「こんな状態でも明日婚姻手続きして大丈夫か、れとのご両親にきちんと確認して。念のため。」

といった。

私は、

「…うん、わかった。話して結果伝えるね。」

と電話を切り、しばし考え込んだ。


両親はどう反応するだろう。しかし、確かに彼が無職になることを黙っているわけにはいかない。携帯電話を持ったまま、両親のいるリビングルームに向かった。

部屋に入ると、彼が仕事を失う可能性があることを静かに両親に伝えた。

「でも、私は働いてるし、マニュエルもすぐ仕事探しするし、問題はないよね。」

とさらりと。


しかし、父と母の反応は、私の予想したものと違った。

「ダメでしょ。それはダメよ。…無職になる人となんて結婚はダメ。時間が無いからって、無職の人と焦って結婚しちゃだめよ。一度待ちなさい。彼が職業を得てからにしなさい。」

「え?」

全身を一瞬で焦りが駆け抜けて、緊張が体を包み込んだ。体中にじわりと汗がにじむ。


何を言ってるのかわかってるのか、この人達は。


私達は2人とも職業に10年以上就いている立派な社会人だ。そして、2人とも仕事はずっと続ける意志を持っている。そんな2人が、1年以上も片道15時間以上かかる距離を挟み遠距離恋愛してきたのだ。そして、私は人生で一度もされたことのなかった、生まれてはじめてのプロポーズにやっと辿り着いたという思いだった。

それから半年間、婚姻のための事務的な準備を2人でしゅくしゅくとおこなってきたのだ。


…全部無駄になるの?やり直し?


私も彼も日本に来ることは滅多にない。他の国での婚姻はコスタリカ以外は難しい。今回結婚できなければ、次に結婚できるかもしれない時期はいつだろう。私が次に長期休暇をとれるのは、半年以上先のことだ。文書は有効期限が切れるからすべて取り直しだ。婚姻手続きを終えたって、その先には査証の取得が必要なのだ。まだまだ一緒に住むまでの道のりは長い。そして、私はもうすぐ40歳で、確かに焦っている。私は、結婚できない運命なのか…。頭の中で考えが一気に爆発する。

焦った私は、すぐにまくしたてた。


「でも、人生色々あるから、無職になる瞬間だって皆あるよね。無職の瞬間がまったくない人生の人なんて世の中にいないでしょ?今の時代。もう既に結婚してたら、相手が職業が無くなるからって離婚てことにもならないし。そういう瞬間もお互い支えていくのが結婚じゃないの?」


「旦那さんに職業が無かったら、全部自分が支えることになるっていう意味がどういうことかわかってる?」と父は言った。


この後、深夜にも関わらず家族会議に突入した。

私が述べたポイントは以下だ。

  • 私は私の仕事がある。何かあっても私の仕事で生きていける。
  • 彼が無職になったら、しばらくは私が支えればいい話。
  • 彼はエンジニアだから仕事は必ずある。
  • 私の人生の選択の責任は私がとるのだから、この結婚だけは前に進めさせて欲しい。
  • 今回の滅多にない2人の来日の機会を逃せば、次に結婚できる機会は近い将来には無い


しかし両親は折れなかった。がんとして、「無職との結婚はダメ。」と言い続けた。


これは、日本の文化背景?無職だと結婚すべきじゃないなんて、そういうものなんだろうか。


一時的に無職になることなど、他の国じゃ結婚できなくなるほど大きな問題ではないと思われた。実際のところはどうかわからないけれど。


私は、途方に暮れ、一度彼に連絡するために自分の部屋に戻った。

電話に出て状況を聞いた彼は、こう言った。

「やっぱりね…。日本では職業の有無って大きいよね。そういう反応が来ると思ったんだ。でも、だまってるわけにはいかないし。どうしてもご両親が反対なら、もう一度タイミングを見てやり直すしかないよ…。本当にごめんね、こんなことになって。とりあえず日本は行くから。また後で電話する。」

といって電話は切れた。彼は冷静だった。


本当に??結婚できないの…?このタイミングで…?呆然として眺める携帯に涙がぼたぼたとこぼれ落ちた。口元がぐぐっと歪む。


ライトを消したまま布団にもぐり込み、「どうしよう、どうしよう、彼も親を無視してまで結婚手続きを進めることは考えていない、今回婚姻届出せなかったら半年以上は後ろ倒しだ。どうしよう。また離れ離れになって、これをずっと続けるの?いつまで続けるの?次いつ会えるかもわからないのに。」と考えていた。体をぎゅっと丸める。

しばらくして、後ろからすーっとふすまを引く音がした。振り向くとふすまが開いて廊下の光が差し込んでいた。母の影が廊下のライトを背にして浮かび上がっていた。


母の顔を見ると、母は泣いていた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔をティッシュで抑えている。

母は、声に詰まりつつ、言葉を途切れ途切れにしながら言った。


「れとちゃんが大事だから。幸せになってほしいから、結婚を止めたの。焦って決めていいことなんてないから。わかって。だって、無職の人と一緒になったらあとから大変だから。…でもこれ以上結婚に反対したら、れとちゃんが幸せになれなくなっちゃうって思ってるのもわかる。だからね、お父さんともちゃんと話してね、お父さんもお母さんも止めないことにしたよ。明日、結婚してらっしゃい。きっと2人なら大丈夫って、大丈夫って信じることにしたの。れとちゃん、ずっと1人で外国で生きてきたもんね。」


私も、とめどなくこぼれ落ちる涙でぐしゃぐしゃな顔を母に向けた。

「…うん…!うん、ありがとう、ありがとぉ…。大丈夫、私達、大丈夫。ありがとう。」

と私がいうと、

「うん、じゃ、おやすみ。」

と言って母は静かにふすまを閉めた。


私は、ふとんにくるまった。ひきつるような泣き声を数回出したあと、安堵感がお腹からこみ上げてきて、一気に安心した。



そして、「…この数時間はなんだったんだ?笑」と一気に滑稽に思えてきた。口元はすっかり緩んで、笑い泣きしていた。


両親からちゃんとゴーサインが出た。もう大丈夫。私は、彼に両親との会話の結果をテキストで送った。そして、あっという間に眠りについた。


翌日、起きてリビングルームに行くと、両親は何も無かったかのように普通通りに朝食を食べていた。普段は喜怒哀楽をあまり表現しない家族なので、なんだか気恥ずかしく感じた。

「じゃ、空港行ってくるね。」

玄関を出る。暖かい春の乾いた空気が私をつつみ込む。道の両脇には薄白い桜が満開に咲き誇り、ときおり強めに吹く風に花びらが舞い上がっていた。





長文をお読みいただき、ありがとうございました。



ちなみに、マニュエルは仕事を失いませんでした。そして、焦って結婚したような形になったけど、私は世界一幸せです。



というわけで、この事件は、私と両親にとって謎の試練でした。今となっては、よい思い出です。



この続きは、これらの記事です。こちらもどうぞ。 ↓




タイトルとURLをコピーしました
letlog